モットーを掲げるのは苦手で、
なんとなくそうなっていた、
というのが好きです。
頭でっかちになると、
感覚が鈍るような気がして嫌だ、
って思っていたけれど。
そんな風になれるほど、
何かが入る頭ではなかった!という事実に、
だいぶ経ってから気がつきました。
そんなわけで、
なんとなくひらめきで生きています。
イメージは福引のガラガラ。
コロンッと出てくる、思いつき。
飲食の世界は、
廃棄する量が多いイメージだけれど。
デザイナーの仕事から転職し、働きはじめたら、
そうじゃない店で働くことが多くて。
最初に入ったのは、
オーガニックのパン屋・カフェ。
自宅の庭に建てた小屋が工房で。
庭には果樹や野菜が育っていた。
庭のレモンの木から、
レモンケーキを作るのだけれど。
注文の数だけレモンを収穫し、
その皮をすりおろす作業が好きで。
いい香りの仕事っていいな~って、
うっとりしていた。
食器洗いは油汚れ以外は洗剤を使わなかったし、
洗剤自体も知人の作ってる、環境に配慮したもの。
生ゴミはコンポストに入れて、
かき混ぜることになっていた。
そういう店を探したわけじゃなかったのに。
飲食業としては、
かなり特殊なスタートだった。
体を壊して一旦休みが入り、
次に入ったのは、
今もなかよしの定食屋。
メニューが日替わりだから、
材料を余らせないのが難しいはずなのに、
そこを活用して、柔軟にどんどん変えていって、
もらった野菜も上手に活用していた。
当時言われていた、
「あるものを使う、飽きさせない、偏らない」
の言葉は、わたしの脳に今も残っている。
食べ残しはほとんどなかったし、
残っているときはお皿を見て、
ちょっぴり理由を確認したり。
一日営業しても、
可燃ゴミは袋1~2個だった(40~60リットルくらい?)。
知人の子どもへのアレルギー対応とかが、
あまりにも自然で。
人情に満ちたお店で、
関わる人たちが家族のように感じられて、
そこがいちばん刺激を受けた。
長期の旅に出て、
帰ってから働いたのは、
やっぱりなかよしのお弁当屋さん。
一軒家の庭に、
東屋とベンチがあって、公園のよう。
そこでお弁当が食べられるから、
親子がよく来ていて。
もともとある庭に、
庭造りが仕事の友だちが手を入れてくれて。
桜が咲き、
紫陽花が咲き、
梅が採れ、
ブルーベリーを摘んで、
メダカを観察して、
セミを捕って…。
季節が巡る、
美しい庭だった。
生ゴミは土に埋めていたところから、
コンポストを作ってもらって、
そこで分解していた。
どのくらいの速度で土に還っていくのか、
菌糸の様子や、
季節やモノごとの分解の速さの違いがよくわかって、
実験のようでおもしろかった。
そして、
インドへの行き来の時期が落ち着き、
今いるのがドーナツ屋。
犬も店先に入れるので、
常連の犬たちがいたり、
甘い匂いに誘われて、
店の前で座り込んでしまう犬がいたり。
こどもたちが小銭を握りしめて買いに来てくれる姿も、
たまらない。
可燃ゴミは、
1週間営業して40リットル袋に一つ。
ビニールの手提げ袋がムダだから、
エコバッグを活用していきたいと思っているけれど。
お客さんが活用してくれてはじめて成り立つから、
その辺ががんばりどころ。
だから何ってわけじゃないけれど、
ゴミが少ないと、
なんか気持ちいい。
できれば燃やしたときに、
体に悪そうな嫌な臭いのするものがなかったら、
最高だなって思う。
インドでも、
ゴミのポイ捨てが問題だったりする。
もともとは自然になくなる素材ばかりだったけれど、
プラスチックが普及して、
ゴミがそのまま残り、
道に、空き地に、増えていく。
自然に還らない素材が誕生して、
直して使うこともしなくなって、
さりげなく、でも大きく、
何かが変わった気がする。
善悪よりも、
美意識みたいなものかな。
年を重ね、
美しく古くなり、
美しく朽ちていく。
そんな感覚。
フランスのエコビレッジに滞在していたときは、
車の走る音と機械音がほとんどなくて。
鳥のさえずりや木々のさざめき、
自然の音だけが聞こえてくる時は、
耳が喜んでいるのが感じられて、
新鮮だった。
なんでもある便利な生活をしているはずなのに、
でもほんとうに求めている美しい空間や時間は、
そういうものの中にはない。
むしろ失われていくものの中にある。
大好きな人たちがたくさんいて。
大好きなものがたくさんあって。
それなのになお、
まだ何かを求めるワガママな自分。
でも、そのままいてほしいな、と思う。
欲があり過ぎると、
幸せを感じるのは難しい。
かと言って、
欲がなさ過ぎると、
生きていくのが難しい。
そんな気がする。
いらないもの。
ほんとうに求めているもの。
誰かにとっては無駄だけど、
わたしにとっては大事なもの。
たくさんの価値観が、
たくさんの人々の間で、
ゆらゆらと揺れる。
泳ぎながらどこかに、
辿りつくのだろう。
息が楽にできるところへ。
ぱふーーー←息継ぎの音
0コメント