最近、フェイスブックの自分のアカウントに、
他の人がログインしようとしたことが、
立て続けに2回起きた
(ぜんぜん別の地域で)。
そろそろ使い方を考えるいい機会だな〜と思って、
徒然なるままに、いろいろ考えてみている。
個人情報は漏れ放題だから、
ある程度仕方ないけど。
お金も、SNSも、道具。
道具をどう使うかは、
いつも自分で決められて、
時々見直さないと、
自分が使われていたりする。
以前は、
携帯自体ちょっと面倒くさくて。
休みの日は持ってないことも多かったから、
今となっては、それだけでも違う。
ただ、便利だと失うものも大きい、
という感覚が、いつもどこかにあって。
はじめての場所に行くときに、
携帯の地図はものすごく便利だけれど、
それに慣れすぎてしまうと、
道への感覚が薄れる。
携帯が使えないときに、道に迷うと、
どうしようもなくなってしまう。
紙の地図を見て、
全体像や方角を見ていたときの感覚は、
大事にしたいな、と思っている。
ま、すぐに人に聞いちゃうタイプでもあるけど、笑
便利な道具たちに、
感謝できるよう。
自分のあり方を見直す時期なんだなー。
なんとなく、生活と人生も、
次のステージはどうしますか?
と、聞かれてるような感じがしている。
いきなり答えは出ないから、
こんな感じかな?と、
ひとつずつ一歩ずつ試していく。
わたしは、文を書くのが好きで、
ゆっくりと言葉と向き合うのが、
好きなんだと思う。
大人になるまでは、
それが絵だったけど。
今は、言葉の世界から、見ている。
日常はスピード感とか、
分かり合えるシンプルな世界観が大事だから、
そこから零れ落ちてしまうものが、
たくさんある。
自分のリズムや呼吸、
深く広い内面的世界観は、
自分にしか存在しない。
他の人にも同様に、
その人だけの世界がある。
本人がそこに気づかなければ、
誰が気づくわけでもない。
だからそこに目をかける時間が、
わたしには必要だったりする。
そうして人は、
作品を通して、
言葉を超えた語り合いをしたりするんだろうなー、
なんて思う。
わたしの場合は、
言葉を使ってるのに、
言葉じゃないものを、
伝えようとしてたりするんだろうな。
文を書くのは続けたいから。
誰がどこで読んでもいいような配慮をして、
むしろブログに書くのがいいのかも。
と、今は思っています。
徒然なので、
まとめもオチもありません。
(いつもか!)
澄み切ってキンキンに冷えた空気の中、
お参りしてから、
境内を散歩してたら、
芝生に寝転がっている人たちを発見。
「寒くないの?」と思いながら、
真似して寝転がったら、
みんなが寝転がってる理由がわかった。
ぐっすり寝て目が覚めて、
起き上がったら、
周りに寝転がってる人たちが増えていた。
ふふふ。
こうやって、
ものごとは広まっていくのかも。
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