バイブレーション


ときどき声がかかって、マッサージもする。

わたしにとってのマッサージは、
体を通してバイブレーションでする会話。

体は素直で正直なので、

頭と口でする会話より楽だったりする。

どんなマッサージかと聞かれるけれど、

オリジナル過ぎて、ひと言で言えない。

よく言われるのは、

触ってる手の平が熱くなって、

温泉に入ったみたいな感じがするらしい。

と言っても、

体に触れずにやることもあるから、

すべてはその時の閃き次第。

最近また人の体に触れる機会が増えてきて、

なんとなく思ってたことを、

はっきり意識しようかな〜、という気持ちが湧いて、
宇宙マッサージのプリミ恥部さんの本、
『愛を味方にする生き方』を読んでみた。

(大学生のとき、「恥部解禁」とだけ書いた年賀状を送ったそうな。やるなー!)


「気を使わずに、愛を使う」という言葉だけでも、

シンパシーを感じる。

インドはまさにそんな国!

気づかいはないけど、愛は大きい。

そして、

やってるマッサージのレベルは段違いだけれど、

根っこは近い。

自分の無意識に埋もれてたものが、

意識にあがって、言語化されていく。

人もこうやって、アップデートしてくんだねー。


わたしは、愛や喜びじゃなく、
義務感から生まれたものが苦手
(というかできない…)なので、
愛や喜びにチューニングして生きている。
たいていのシチュエーションでも、
そのままでいられるように、
鍛えてきた気がする。

日々、ちいさな喜びを発見したり、

お楽しみを用意したり。

土台になる、

自分の中の安心感を培ったり。


世間一般の気の利かせ方はできないし、

人の期待に添えなきゃという考えも薄い。

意志を無視して力でコントロールするのが、
するのもされるのも嫌い。

闘わず、淡々と我が道を行きながら、

自分なりに相手やこの世のことを想ってて、

愛をもってできることは、やる。

だからマッサージも、
まず愛をもって触れる。
優しく、丁寧に。
体から愛の感覚を思い出せるように。

その後も、

治す、というより、
その人の体の声を聞いて、
体がなりたいように手伝う感じ。

あとは全体が巡って、自己調整していくよう導く。


「愛」というと、漠然としたもののようだけど、
パワフルな無限のエネルギーであり、
日常で実用できるもの。
さんざんお祈りしたり瞑想した日々を経て、
今、思うのは、

このときに感じる至福の愛の感覚を、

日々生きることの中で使いたい。

(なにしろそれは、わたしの命の水だから)


できればこの感覚を太くして、
人とともに使いたい、ってこと。
小さなことから、
大きなことまで。
愛のバイブレーションが花咲くように。


砂糖菓子のようにスイートな愛もあれば、

大木のようにどっしりした愛もある。

もとは透明なひとつのエネルギーが、

その時によってカラフルに輝く。

そのカラフルな愛を、

大好きな人たちと分かち合えたら、

人生は楽しいだろう。

(ケンカも愛のおまけでね)


おばあちゃんになる頃には、

ただその場にいるだけで花咲ければ、

みんなにとってハッピーな気がする。
まだまだ未熟だけれど、
少しずつできたらいいな。

そういやインドで、
硬派なサドゥのおじさんが、
手相を見てくれた。
長生きするらしいよ!と母に報告したら、
「早死にする要素ないもんね。
へんなストレスなさそうだし」だって。

さすがのコメント!言い得てる~。

かつてあったこだわりも、

どんどんなくなっていってるし。


友だちがやってくれたインド占星術のチャートにも、
「長寿」とともに、こんなことが書かれていた。

ハートが外国人って…。

でもそう思うと、
いろいろ諦めがついて、ラクかも。

そりゃあ、ジャパンスタンダードには遠いよね。


そんなわけで、
これからの人生後半は、
愛の花が咲くでしょう♪
希望を込めた人生予報。

秋の夜長に、

自分のメンテナンスをしながら。

(弱点の腰痛がねー、とほほん)


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