ちょこちょこ顔を見に行っていた、
黒ラブのナミヘイ。
新月の黒い夜空へ、
黒くてピカピカの毛で、
帰っていきました。
大型犬の15歳は、
ほんとにほんとに大往生。
帰国後に会ってからは、
もう体も動かせなくて、
息や体が辛そうだったけれど、
みんなといっしょにいることを全身で感じていて、
うれしそうだった。
目だけで、
たくさん伝わってくる、
その感じが、
とても愛おしいのでした。
今朝も、
ふさふさの毛並も、
かわいさも、
そのまま。
だけど、
体が冷たく固くなっていて。
「ああ、この感じ、わたしよく知ってる…」
うちの猫のときと同じだな…と思いながら、
いつものようにそっと撫でていたら、
ふと涙がこぼれました。
悲しい、とは、違う。
でもこころが動くと、
涙は溢れてきてしまう。
きっとこれからも、
わたしは繰り返し繰り返し、
涙をこぼしてしまうのだろう。
たったひとつの言葉では、
言い表せない、
甘さも苦さも含んだような気持ちで。
死が近く、
慣れ親しんだものになったときでも、
やっぱりこころは動いて、
生きることを教えてくれるだろう。
自分より命が短い生き物がくれる、
最大の贈り物は、
死ぬことを通して、
生きることを教えてくれることだな、
と、思う。
そして、
想い出話しに、
笑ったり泣いたりしながら、
その命が輝いていたことに思いを馳せ、
自分の人生を生きたものにすることが、
最高のお弔い、
だと思う。
生きてる間は、
さんざん転んだり立ち上がったりしながら、
喜び、分け合って、
生きていきたい。
ちなみにインドでは、死は、
「お疲れさま!おめでとう!!」と迎えられる。
自分のさみしい気持ちとは裏腹に、
そこにある何かを感じている。
そんな気がする。
ふと頭に流れてきたのは、
ライブでも聴いた、
Saigenjiの「風の轍」。
ええ曲や~。
コバカバで歌ってほしいな。
こころがどんどん素になったときに、
音楽はさらに沁みてくる。
☆おまけ☆
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