せつなさをつつみこむ


ただいま南インドです。
愛しの聖なる山アルナーチャラに来るのは、
今年で4年目。

好きだからつい来ちゃうだけで、
何かを求めているわけではないけれど。
なのに毎回、驚きと愛と学びと、
山ほどいただいてる気がする。
そんな場所。

山の麓にあるアシュラムは、
なんの拘束もないからこそ、
それぞれが自分で感じ、学んでいく。

着いたらまずは、
神さまにごあいさつ。
「今日から1か月ほどアルナーチャラにいます。14日まではアシュラムにいて、27日に日本に帰ります。どうぞよろしくお願いします」と。

「そうするとバガヴァーンが、
その間に必要なことを与えてくれるよ。
じゃないとバガヴァーンも、
スケジュールを立てられないからね」。
以前知り合った人が冗談半分に言ったのが、
今もわたしの中に残っているのだ。

そうやって自分でチョイスした
「ほんとう」が、
自分の中に残っていく。
風化して消えたり、
壊れてなくなっていくものもある。
大事なのはいつも、
手放すときのタイミング。

今日は、
お弔いにお寺と、
アーユルヴェーダの薬局と、
ガンジーマークのカディの店に行きたくて、町へ。
歩くと20分くらい?

途中、
おっちゃんのチャイ屋でひと休み。
アルナーチャラが目の前に、
ばばーーーん!と見える。
「最高の場所だね」と言ったら、
「またおいで」と誇らしげ。
手を止めてふと見上げると、
自分の好きな景色が見えるんだなー。

でも隣が牛舎で、
一面に牛フンを乾かしているせいか、
お客はいない。
プラマイゼロってやつ?
チャイは濃いめでうまいし、
おっちゃんは明るくマイペース。

そしてアルナーチャラをそばに感じつつ、
心のお掃除は続く。
3日過ぎてやっと、
自分の中が少し静まってきたかな~。

座るときは、
脳に「働かなくていいよ」と告げて、
自分との関係を深める。
しばらくあとにやってくる、
周りに満ちているすべてと、
ハーモニーを奏でているような感覚。

けれども今回は、
山の中を歩いていても、
よそよそしさを感じる。
いつでも帰ってこれるけれど、
お前のいる場所は他にあるよ、
と言われているようで。
切ない。

前回までは、
「目指せ、猿!」みたいな気持ちで、
山にいたけれど。
体が重いし、動きが鈍くて、
今はうまく溶け込めない。
人間に親しさを感じるようになったら、
仲間に混じり合えなくなった、
野生動物の気分。

すべては変化する。
感情は波立つけれど、
そこに良し悪しはないのだ。

インターネットもメールもやらない、ここでの友だちが、
姪っ子代筆で、昨日メールをくれた。
前回の旅でお会いして、
歓待してくれた彼らのグルが、
この春亡くなったことを知った。
驚いて電話をして、
「今日電話しようと思ってたの。
実は今、ちょうどこっちにいるんだよ」
と言ったら、向こうも驚いていた。
一年ぶりくらいにたまたま連絡したら、
次の日に会えるなんて、笑える!

そして今日、再会して、
知り合いのおばあちゃんの、
本棚整理を一緒に手伝った。

おばあちゃんが一番大事にしている、
サイババの、
たくさんの本や写真。
手元にはほんの数冊だけ残し、
ほとんど寄付するそう。

「ものは少ない方が快適なのよ」
と笑っていたけれど、
前会ったときより少し痩せてて、
病気が重いそう。

山が遠く感じたのも、
あそこにいたグルが亡くなった悲しみを、
先取りしていたような気がする。
とても縁を感じていたから。
まさに心にぽっかりと穴が空いたようで、
泣けた。

なんだかもろもろ、
うれしくて、悲しくて、
切なくて、愛おしくて。
胸がいっぱいな日でした。

生きてるといろいろあるけれど…。
すべての人のこころに、
灯りのともることがありますように。

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