親子は異星人

友だちが教えてくれた文が、
すごく面白かったのでシェア〜♪
ケンカの仕方、が笑えた。

☆親子は異星人

小さい頃から絵を描いたり、
本を読んだりするのが好きだったわたしは、
自分の世界が強い子どもだった気がする。
その中で、呼吸していた感じ。

「人は自分の鏡」と、
小学校の作文で書いちゃうくらい、
冷めて大人びたところもあって。
大人を一歩引いて見ていた。

自分のコンディションで、
感じ方も、発するものも変わるから。
世界の見え方も変わるし、
人との関係も変わる。
そのことを、
うっすらと感じていたのだと思う。

親は近くにいるけれど、
遠くて分かり合えない部分がたくさんあって。
もちろん似てるところもあるけれど。
いちばん押さえたいところが、
ズレている感じ。

育つうちに、
そのキーの部分を、
友だちや恋人と分かり合えるようになり。
その方が居心地が良くなり、
ぜんぜん家に寄り付かず。

そうして、
ひょんなことから再び、
親のもとに戻った。
もう一回、
やり直しておきたいことがあったのかも。
分かり合えないままでよくて。
そのままで労わりあえることを、
確認したかったような…?

うちの家族は、
いっしょでなければならない、
という感じが薄い。
かなりサッパリしてて、
団らんとかもあまりない。
でも助け合う。
それで十分。

「わかること」は、
自分も持っているから、
最初からわかるし。
「わからないこと」は、
努力ではわかることはできない。
ただ歩み寄れるだけ。

コミュニケーションは、
正しさのためよりも、
楽しさのためにある。
わたしの場合はそうみたい。

ヴィパッサナー瞑想合宿をやってみたことがある。
10日間、話さない、目も合わさない、
文字を読むことも、書くこともしない。
ただただ座る。

自分の世界の中で、
心地よく遊んじゃうわたしは、
そういうときに、
あんまり話す必要を感じないのだけれど。
その間、一回だけ誰かに伝えたくなった瞬間があって。
蛍を見つけたときだった。
「見て!光ってるよ!」って。

わたしが伝えたくなるのは、
そんなささいなことのよう。
だからほんとは、
シンプルでいいみたい。
なーんて言いながら、
こうして書いてしまうのだけど。

新月前に、
語り尽くして、
ゼロになりたい気分。


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