うちの母はものすごく愛情深く、
それと比例する分だけ毒舌で、
おもしろくて、
腹が立って、
愛しい人です。
そんな母が、
いじめまっただ中で、
悩み多き10代だったわたしに、
ひょいっとくれた本が、
『一わだけ はんたいに あるいたら…』でした。
「あなたってこういう感じよね」と。
みんなが同じ方向を向いて、
きちんと一列に並んで歩いていたのに、
一羽だけ反対に歩きはじめてしまう鳥。
はじめはののしられ踏みつけられるけれど、
そのうち飛ぶ鳥も出てきて、
反対にも歩けることや飛べることに、
みんなが気づきはじめる、
というようなストーリー。
当時のわたしは、
人間という生き物に嫌気がさしていて。
嫌いな人がいるからって、
なぜわざわざ集団になってセンスない嫌がらせをするのか、とか、
自然や動物を痛めつけて生きていくのが当たり前ってどうなのか、とか、
戦争っていつまで経ってもなくならないんだな、とか。
奪ったり憎しみ合ったり、
なんて面倒くさい生き物なのだ!と思っていた。
そんな自分も、人間で…。
今でも同じ思いはあるけれど、
それと同じくらい、
素敵なところも、
グッときて涙がちょちょ切れるのも経験し、
たくさんの愛を与えてもらっていることも、
繰り返し繰り返し感じてきた。
両極端などちらにもいつでもなれる、
へんてこで、おかしな生き物として、
今では人も好きになれている。
「頭に花が咲いてるよ」って、
言われるくらいになれたしね。
ありがとう!
武術が自分との闘いであるように、
いじめを通して見つめていたのは、
弱い自分だったと思う。
弱さはなくならない。
だけど、
弱い自分も好きだと思えるくらい、
強さももっていたいな。
学校も先生という存在も好きじゃなかったわたしは、
猫を先生だと思っていたふしがあって。
にゃんこ先生にいろんなことを教わってきた。
だからこの本も、こころの本の一冊。
『大事なことはみーんな猫に教わった』
「そこにいるだけで、誰かをいい気持ちにできるようになるべし」
何かができる、よりも、こんな感じがいいかも~、ってね。
成績はよかったし、
学級委員長とかしてたし、
友だちもいたし、
笑っていたし。
まさかこんな風に感じていたなんて!
と、思われたりもするんだろう。
こころの中の風景は、自分にしか見えない。
その風景が怖くても見れるように、
人は手をつなぎ合うんじゃないかな、
な・ん・て・ね。
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